無修正オナニー

思えば、俺の人生は無修正オナニーを求める長い旅路のようなものだった。
中学生の頃に読んだ漫画で、男の子と女の子が河原かどこかで並んで夕陽に向かって小便しているシーンがあった。立ちションと座りションである。エロではなくて爽やかなシーンであり、俺は小さな感動を覚えたものだ。中学生にもなると、男女差は顕著になる。俺も小学生の後半からその違いを意識しており、女と言うものは男とは別の生き物だと思っていた節がある。その壁を取っ払ってくれたのが、この漫画の小便シーンだった。違いはあっても放出するものは一緒である。違いがあるからこそ、男女の共同作業は感動を生み出す原動力になるのではないかと考えたのだ。
そして、俺はオナニーを覚えた。やがて、高校に入ってエロ関連に接するようになって、女もオナニーをすることを知った。男と同じようなことを女もやっていると考えると、いたずらに興奮した。その時にあの漫画の連れションシーンを思い出したのだ。いつの日か、女の子と並んでオナニーをしたい、と。
無修正動画
しかし、その道のりは険しかった。感動を求めてオナニー物のAVを何本も見たが、期待外れのモノだった。当然である。モザイクが入っているからだ。モザイクの存在が、女のオナニーと言う感動を削いでしまっていた。やはり、無修正オナニーしかない。それには、オナ友を作るしかなかった。
俺は「無修正オナニーが見たいです」と膝を怪我して現役を諦めたバスケ選手のようにつぶやき続けた。そして、その夢が叶ったのは20年後の話だ。夢が叶わぬまま俺も老けてしまったが、その代わりに財力はできた。そして、割り切りオナニーに遂にこぎつけたのだ。
肩を並べて一緒にオナニーをしてほしい、と言う俺の要望に、女の子は「何それ、変なの―」と笑いながらも、俺の財力に負けて快く応じてくれた。こうして、俺はラブホテルの一室で肩を並べてベッドに座り、壁を見ながらオナニーし合ったのだ。
しかし、そこに感動はなかった。だいたい、真っ白な壁をおかずにオナニーなんてできない。結局、お互いに向き合って無修正オナニーを見せ合いながら同時に果てたのである。俺はもうオナニーも知らなかった純真な中学生ではないのだな、と時の流れと自分の変化を無常に感じた。
オナニーの見せ合い
オナ見せ

ノンケをフェラしたい

ノンケをフェラしたいって先輩がいるんだけど、興味ある?って昔の知り合いに声かけられたんだよ。
ノンケをフェラしたい先輩・・・ゲイ確定じゃねーか。
ノンケをフェラしたい先輩(女)なんてありえないだろ。っていうか、ノンケなんて言葉使うこと自体がもうゲイ決定じゃねーか。
無理無理無理!って全力拒否。
「いや、でもお前、フェラくらいならされてもいいって昔言ってたじゃん」って言われたけど、いや、いつの話?っていうか、酔ってた時に言ったことを真に受けないで?
もちろん、断ったけど、そのまま何の連絡もなし。
別に「久しぶりだから飲もうよ」とかの誘いだったら、喜んで行ってたけどな。
なんか、ゲイの先輩に貢ぐ生け贄以外の価値を俺に見出してなかったんだなと。
そこに気付いたら、無性に寂しくなったね。
フェラ友はノンケ
ノンケをフェラしたいゲイの先輩に貢ぐためだけに俺に電話かけてきたんだ・・・それだけのために俺のことを思い出したんだ・・・それ以外の要件ないんだ・・・
時々、ふとした時に感じる、他人から受ける傷。普段なら笑い話になることでも、その傷が思いのほか深かったりすると、笑えなくなるよな。
別に繊細な人間というわけじゃないけど、たまにふとした瞬間にそんなことですら、寂しく感じるわけ。
特に誕生日近かったり、クリスマスシーズンとかさ。
知り合いも、俺を貢物としてしか見てない。そのノンケをフェラしたい先輩というのも、ノンケにしか興味ないわけだろ。
別に俺に興味があるわけでも、俺のことが好きなわけでもない。
ノンケとの出会い
ノンケのちんこ